メモリアル・カーテンコール レポート&映像です
今日で7月も終わり。
故・本田美奈子.さんのお誕生日にあたる今日は、昨夜行われた「メモリアル・カーテンコール」の詳細レポートとダイジェスト映像をお届けします
7月30日(金)、「本田美奈子.メモリアル・ウィーク」初日。
昼公演から、劇場ロビーは故・本田美奈子.さんのパネルやNPO法人 LIVE FOR LIFE 美奈子基金の募金箱などが設置され、また、売店でも本田さんのCD、切手シート、グッズなどの並んだコーナーが登場するなどし、お客様の注目が集まっていました。
そして夜の部。
21:00少し前に幕切れを迎えると、出演者の花投げまでは、いつものようにカーテンコールが行われます。
一旦下りた幕が上がると、舞台上に居並び深く一礼する出演者の中から、カンパニーを代表してエンジニア/市村正親さんが前に進み出ました。
市村さんは、この日のご観劇へのお礼を述べた後、翌日7月31日が、2005年11月6日に38歳の若さで亡くなった『ミス・サイゴン』初演キム役/本田美奈子.さんの誕生日であることを告げ、31日から8月6日までを「本田美奈子.メモリアル・ウィーク」として彼女の冥福を祈りたい、と語りました。
本来、メモリアルはご命日に当たる11月6日に行うべきところ、同日は残念ながら『ミス・サイゴン』の公演はなく、本田さんがミュージカル女優としてのスタートを切った『サイゴン』で、何か出来ないか、と考えた結果、今回のお誕生日にちなんだ「メモリアル・ウィーク」となったわけです。
「明日の7月31日は、本田美奈子.にとって特別の誕生日でした。(本田さんは)1年半のロングランの初演の『ミス・サイゴン』、7月の上旬に1幕のラストで、セットに足を引き込まれ大怪我をしてしまうというアクシデントに見舞われました。僕もその場に居たんですが、タムを連れて入って来た時に、靴の上からこう…血がにじんでいて…最後に(エンジニア、キム、タムの)3人で舞台の奥に行くんですが、歩けないながらも必死になっていた美奈子の姿がありました」
本田さんは、7月31日の自分の誕生日には必ず『サイゴン』の舞台に復帰する、と決意し、懸命にリハビリに取り組み、そしてその決意通り、7月31日に見事、キムとして帝劇に戻って来たのです。
市村さんからは、メモリアル・ウィーク期間中、本田さんの遺志を汲んだNPO法人 LIVE FOR LIFE 美奈子基金の募金箱がロビーに設置されていること、お客様のご協力をお願い申し上げたいことが告げられ、この挨拶の間に、舞台中央には「ブイドイ」の場面で使用される大きなスクリーンが下ろされます。
「それでは、本田美奈子.…キム…ご覧下さい」
市村さんの声で照明が落ち、本田美奈子さんを偲ぶ映像が流れ始めました。
映像は、本田さんのミュージカル女優としてのスタートとなった作品、『ミス・サイゴン』から始まります。
1992年2月の配役発表で名前をコールされ、微笑みながら会場に入ってくる本田さん。「精一杯キムを演じられるよう頑張ります」と抱負を述べる本田さん。冒頭「ドリーム・ランド」の場面で、白いアオザイ姿で ♪17歳で初めて~ と歌う本田さん…。
続いて、『王様と私』タプチム、『レ・ミゼラブル』エポニーヌ、『屋根の上のヴァイオリン弾き』ホーデル、『十二夜』ネコといった、東宝ミュージカル作品での活躍の歴史が綴られていきます。
2005年3-5月、病に倒れファンテーヌ役を降板した『レ・ミゼラブル』。この公演中、ロビーに設置され、たくさんのお客様から激励の書き込みをいただいたメッセージボードが映し出され、最後に『ミス・サイゴン』 ♪命をあげよう が流れました。
映像開始直後から、場内のあちらこちらですすり泣きが漏れていましたが、映像の締めくくりに本田さんのポートレートと、
「どうか世界中が平和で、笑顔あふれる人達でいっぱいになりますように。。。」
という本田さんのメッセージが現れると、一瞬の静寂の後、大きな拍手がわきおこりました。
再び進み出た市村さん、声をつまらせながら、しぼりだすように言葉をつむいでいきます。
「美奈子に関しては、私もいろんな思い出がございます。しかし、あんなにも若く去ってしまうとは未だに信じられませんが、僕にとってはこの帝劇に立って『ミス・サイゴン』の舞台に立ってますと、常に美奈子が側に居るような気がしてなりません。
僕達がこれからやること…それは、美奈子がホントにやりたくてやりたくてしょうがないミュージカルの舞台…今、立てなくなってしまった以上、僕達が一生懸命、舞台に恥じぬ意気込みで、この『ミス・サイゴン』、千穐楽まで乗り切ることが大事かと思っております」
同じ初演メンバーであるエレン役/鈴木ほのかさんは、市村さんから、
「本当は、ほのかにも喋ってほしかったけれど、胸に詰まることがあるようで…」
との言葉があると、湧き上がる感情を堪えながら目を落とします。
「…後…あの…言葉になりません。…どうぞよろしくお願いします! ありがとうございました!」
最後に決然と一礼した市村さん。
他の出演者もそれに倣い、全員が深く頭を下げたままで「メモリアル・カーテンコール」の幕が下ろされたのでした。
鳴り止まぬ拍手に再び幕が上がった時には、大粒の涙をこぼす鈴木さんの隣に、頬に光るものを行く筋も伝わせるキム/ソニンさんの姿もありました。
上映されました舞台映像は、権利の関係上、ネット上でご覧いただくことは出来ませんが、市村さんのコメントの模様など、本田さんの歌声も交えながらご覧いただければと思います。
終演後、お客様のいなくなった客席で、夜の部をご観劇された本田さんのお母様/工藤美枝子さんが、マスコミの取材に応えてコメントされました。
まず、観劇した感想を尋ねられ、
「感想と言うより、14年ぶり、だと思うんですね、『ミス・サイゴン』を観させていただくのが。目をつぶっていると、すぐ側に美奈子が居るような気がして、涙、涙で…恥ずかしいくらいでした」
舞台を観ていて、本田さんが出演されていた舞台を思い出すか、という問いには、「はい、もちろんです」と即答された後、
「1年半(のロングランの間)っていうのは…それこそ家では(喉に負担をかけないよう)ほとんどジェスチャーと手紙(でコミュニケーションを取っていて)、そういうので1年半、毎日暮らしておりましたので、それを思い出しちゃいましてね」
また、翌日に控えた誕生日については、
「美奈子ちゃん、お誕生日おめでとうって言うと、いや、お母さんが私を産んでくれたのでお母さんの誕生日でもあるわね、っていうことをよく言ってました」
生前最後の誕生日となった2005年、本田さんは前日7月30日に退院、31日は余り食べられない状態でしたがお母様が食事を用意され、ご家族と事務所の方とでお祝いをされたのだそうです。
「今日が(誕生日の)前夜祭で、美奈子と遭ったような気がしたので、たぶん明日、美奈子の夢を見ると思います」
と語っていらしたお母様。
自らの闘病中、
「元気になったら難病に苦しむ人や子供たちのためのチャリティをやって、(病気の人達に)元気をあげたい」
と言っていた本田さんの遺志を汲み、活動を続けるNPO法人 LIVE FOR LIFE について、
「皆さん、どうぞよろしくお願いします」
と結んで、コメントを終えられました。
これはちょっと脱線ですが、
今日31日、シアタークリエ11-12月公演『RENT』の製作発表が行われ、出演者の一人である安崎求さんが、それぞれの抱負を語る場面で、次のような主旨のコメントをされました。
「僕は、ミュージカルの舞台に立ち始めてもう30年ほどにもなるのですが…今日7月31日は、本田美奈子.の誕生日です。彼女がどうしても立ちたくて立ちたくて仕方なかったミュージカルの舞台に立つ…彼女の想いを大切に『RENT』の舞台に立ちたいと思います」
製作発表後、安崎さんは、
「美奈子のことを言わずにはいられなかった」
ともらしていましたが、市村さん、鈴木さん、安崎さん…『ミス・サイゴン』という超大作ミュージカルに立ち向かい、手探りの中から上演、そして1年半のロングラン成功へと導いた初演キャストの絆の強さと想いの深さを、改めて感じた出来事でした。
「本田美奈子.メモリアル・ウィーク」は8月6日まで。
期間中、ロビーには美奈子基金の募金箱を設置している他、カーテンコールで上映した映像もご覧いただけます。













